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染め物師という生き方 A Dyeing Life(NYタイムズ紙)

2016年5月12日

自分のアイデンティティとは何かを問い続け、ようやくぼんやりと見えてきたときにNYタイムズのIn Sichuan Province, an Artisan Retreats to China’s Past(四川省の芸術家、在りし日の中国に引きこもる)という記事を読んで思わず心が奪われてしまいました。四川省のはずれで急成長する中国経済と無縁のシンプルライフを送るミャオ族の染め物師の話を読んで、本当に価値のある生き方とは何かについて考えるきっかけになりました。

NYタイムズの記者が、手が青く染まった男の写真を見たところからすべてが始まり、チベット高原にほど近い四川省西部にある古びた仏教の僧院で、満月の下で染め物師と記者がお茶を飲みながら染め物師の生い立ちと染めることについて話しながらスピリチュアルな世界に誘われていきます。

動画 A Dyeing Life(染め物師という生き方)

青い手をした男の名は寒山(ハンシャン)。貴州省の山に囲まれた村で育った少数民族のミャオ族の男性。ミャオ族伝統の染め物を先祖代々受け継ぎそれを生業にしています。18歳の頃、未来に希望を持ち勉学のため大都会成都に出ましたが、1年で都会の幻想に幻滅し成都から立ち去り、自分の知らない世界を見るために行き先も目的もない放浪の旅に出ました。チベット、新疆、甘粛、寧夏、雲南を回り最終的に3200キロにおよぶ15年の旅になりました。その間に中国は急速に経済発展し4億4千5百万人もの人が地方から都市部に移住しました。しかし、ハンシャンは在りし日の中国にとどまったまま。

15年におよぶ放浪の旅の末、たどり着いた境地はハンシャンが語る道教の一節に凝縮されています。

“In Taoism we say: After the moon waxes, it wanes. Prosperity is the prelude to decline. Everything collapses when it reaches such extremes.”

「道教によれば、月が満ちたら欠けるもの。繁栄は後退の序曲。極に達したらすべては崩壊する」

近代化は犠牲を伴いすぎて自分たちがどこから来たのかも忘れてしまった、物質主義が人間と自然を引き離している原因なんだと説明し、近代化する中国にたいして出した答えが、成都のはずれにある明月という村に隠遁しミャオ族伝統の染め物をしてシンプルライフを送ることでした。「国破れて山河あり」とあるように、国が滅びても自然は残り、野山に咲く花を摘み取り染料にする生活こそ先祖代々受け継いできた生き方であり、これからも伝統を伝えて行くと話す姿に地に足がついた生き方を感じました。

NYタイムズの記者は、ミャオ族の染め物職人が物質主義を否定しているのに、手にスマートフォンを持ち、金とモノに支配されていると自ら呼ぶ人に染め物を売ることで自分の命をつないでいるのは皮肉と表現して、中国はどんなに物質主義を否定してもそこから逃れられないと締めくくっていました。

しかし、そうではなく、ハンシャンが言わんとすることは、自分が大切にしたいものは生活を豊かにすることよりも一族が先祖代々続けてきた伝統的なシンプルライフで、最小単位の幸せを求める生き方なんだろうと思います。

「染めることこそ人生そのものだ」という言葉に表れているのは、ミャオ族の伝統を受け継ぐことこそ自分の役割で、それが自分のアイデンティティだというところに中国の多様性を感じ、自分と違う生き方をしている人を見て思わずはっとしてしまいました。

ハンシャンの生き方に思いを馳せながら、自分のアイデンティティはなんだろうと思いつつ、いま最小単位の幸せを感じつつあることこそ自分のアイデンティティなのかもしれないなと思いました。これからもすべてをそぎ落として最後に残ったもっとも価値のある生き方を大切にしていきたいです。

参考文献

The New York TimesIn Sichuan Province, an Artisan Retreats to China’s Past

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