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韓国の養子縁組事情:Pity the children 子供が不憫でしょうがない(英エコノミスト誌)

2015年6月3日

めざまし占いで英語を学ぼう

韓国の養子縁組事情を紹介します。個人的に昔一緒に遊んだアメリカ人女性が韓国から養子に出された女性だったこともあり英エコノミスト誌のこの記事を興味深く読ませていただきました。日本とは事情が異なるだけに異文化理解にもなり勉強になりました。

原文はこちら。Pity the children 子供が不憫でしょうがない(英エコノミスト誌)

英エコノミスト誌に韓国の養子事情の最新情報が書かれていました。10年以上前海外に友達を作るためにネットで遊んでいた頃出会った女性が、アメリカ人の家庭に引き取られた出生地が韓国の女性でした。いろいろ話してわかったのが、アメリカでは養子縁組が日本よりもオープンに行われているようで、それ以来養子縁組に関して興味を持ち、英エコノミスト誌を興味深く読みました。

ソウルで最近起きつつある現象は、教会に子供を置き去りにする風景。韓国政府が養子縁組について法改正して以来この風景が増えつつあるそうです。

韓国は長らく子供を養子に出すことで有名でしたが、その流れが変わりつつあります。元々は朝鮮戦争後に海外の進駐軍との間に生まれた子供が韓国社会で疎まれたため海外に養子を出す文化が生まれ、朝鮮戦争以降韓国は20万人もの子供を海外に送って4分の3はアメリカの家庭に引き取られています。

2001年に韓国政府がガイドラインを策定して、それまで仲介業者に支払う額を養子ひとりにつき2000米ドルを9000米ドルにしたほど養子縁組がビジネスになるくらいの活況でした。これが「韓国の主要輸出品が子供」と批判を受ける理由です。海外に送られる養子の数に関しては英エコノミスト誌のチャートを参照。

韓国社会ではかつて子供は2人までという政策が朴正煕政権の時に行われ、それ以来3人以上子供が生まれたら養子に出していたそうです。現在は未婚の母が子供を養子に出すケースが養子の90%にもなるとか。

韓国政府は、現在当初の方針を変えて海外に養子に出される子供の数に定員を設けたり、養子に出させる前に5ヶ月間韓国内に滞在するよう規制を設けたりしています。2012年の法改正で養子の親が誰かわかるように裁判所に登録しなければならはくなりました。

このような法改正は、主にアメリカ在住の養子に出された人によるロビー団体がおそらくアメリカ政府に働きかけ韓国政府に圧力をかけたことにより起きたようです。

法規制が強化されたため現在では海外に養子に出される数が10分の1以下にまで激減。

しかし法改正の影響は必ずしも狙った通りになっていなく、厳しい要件のため国内の養子縁組も減少し養子に出される件数も減少したようです。そして深刻なのはそれだけではなく、子供を置き去りにするケースが2011年に127件だったのが2013年にはなんと225件になってしまいました。

韓国でなぜ養子登録することに拒否感があるのかというと、血統主義の文化のため将来の雇用主が雇用するかどうか決める時に家族の経歴を調べる可能性があり、さらに親族も閲覧する可能性があるから。韓国では未婚で子供を産んだ娘を絶縁することがよくあるのも理由のひとつ。同様に養子を受け入れる場合にも血統主義のため拒否感があるようです。韓国で従来行われている養子縁組は親族間のみ。親族間のみなら血統主義にも抵触しませんので問題なく家督を継ぐことができます。

家族の経歴の閲覧に関しては韓国議会が法案を提出して制限をかける見通し。そこまで問題が起きるようではないものの、アメリカ在住の養子に出された人たちが韓国在住の産みの親を悩まされる一因になっているのが皮肉と言えば皮肉です。

アメリカの子供は自分の親が誰なのかを知りたく、ロビー団体を通じアメリカ政府に働きかけ韓国政府が家族歴を記録するよう法制化しました。その結果、経歴を知られたくない韓国の親は養子に出すのを辞め子供を置き去りにする件数が増加。養子縁組の文化が廃れてしまい子供の置き去りが増えてしまったとは心が痛むニュースです。これが英エコノミスト誌がタイトルにした"Pity the children"(子供が不憫でしょうがない)の意味なんだろうと思います。

ちなみに日本における養子縁組は、大塚英志先生が『「伝統」とは何か』(ちくま新書)でも指摘していますように、明治維新以前は当たり前に行われていました。

<伝統>とは何か (ちくま新書)

親や本人が養子の明治の文豪を挙げると枚挙に暇なく、例えば、森鴎外(祖父母が養子、父が婿養子)、二葉亭四迷(父が養子)、伊藤左千夫(父が婿養子)、夏目漱石(祖父母が養子、本人が養子に出されるが復籍)、正岡子規(養子をとる)、幸田露伴(父が婿養子)、尾崎紅葉(祖父が養子)、北村透谷(祖父母が養子)、高浜虚子(祖母の家系を継ぐために養子)、柳田國男(妻の姓を名乗る)、長塚節(母が養女、父はその婿養子)、永井荷風(祖父が婿養子)、斎藤茂吉(家系が本当にややこしいので割愛、本人が婿養子)、谷崎潤一郎(父が婿養子)、折口信夫(祖父、父ともに婿養子、本人は養子をとる)、菊池寛(養子となるが離縁)、室生犀星(養子に出る)、芥川龍之介(母の実家へ養子)等々。

さらに上野千鶴子先生が"Multicultural Japan: Palaeolithic to Postmodern"に寄稿した論文にありますように、明治維新以前の日本では武家以外では家督を継ぐのは女性でもよく相続権が女性にもありました。おそらく日本は明治維新以前はかなり多様性に満ちた社会で血統主義は一部の世界だけの話だったようです。明治維新以降血統主義が強調されるようになったようです。
Multicultural Japan: Palaeolithic to Postmodern (Contemporary Japanese Society)

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