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書評book review

『メディア・リテラシー』(菅野明子)

2015年2月8日

20世紀の終わりにカナダ留学をして以来、メディアから提供される情報に対して懐疑的になり、メディアとは何なのかを知りたく、この書籍を手にとったのがメディア・リテラシーとの最初の出会いでした。大学のゼミ発表にカナダでの体験を交えカナダにおけるメディア・リテラシー教育がどのようなものであるのかをレポートにまとめ、発表の際使用したレジュメがこのブログの基礎になるものです。(以前のブログで箇条書きにして要点をまとめたものを読むに耐えうる程度に加筆をしました。)

メディア・リテラシーを一言で言うなら、世の中に溢れるあらゆる情報を読み解く能力のこと。世界中で活躍する情報分析官が行っていることも同じカテゴリーに属すると思います。テレビや新聞で流れるニュースや企業の広告、政治団体の主張を含むあらゆる組織の主張を分析することも広範囲の意味でメディア・リテラシーです。『メディア・リテラシー 世界の現場から』にはアメリカ、イギリス、カナダにおけるメディア・リテラシー教育がどのように行われているかを丹念な調査により非常にわかりやすく書籍という形でまとめられています。カナダにいた者として特にカナダについてをピックアップしブログとしてまとめました。メディア・リテラシーの分析手法を身につければ、あらゆる学問や仕事にも応用できるので勉強する価値があります。

カナダという国は、北米自由貿易協定(NAFTA)のため経済活動の80%がアメリカ経済に依存し、さらに普段見るテレビ番組もアメリカで制作されたものがほとんんどという状況の中、アメリカからの情報の氾濫からカナダ人としてのアイデンティティを守るため国が全力でメディア・リテラシー教育に力を入れているということを実際に肌で感じました。カナダとアメリカの国境は世界一安全な国境と言われているのですが、カナダ人のアメリカに対する国民感情は批判的であり、カナダは反米に近いと現地にいて感じました。それ故、カナダではクリティカル・シンキングという思考方法が発達したのではないのかなと思います。クリティカル・シンキングとは直訳すると「批判精神」。さらにわかりやすく言うと「分析眼」。情報を分析して読み解くこと。滞在中、大衆消費社会に批判的なカナダ人に数多く会いました。これも教育によるものなのかなと思います。

メディア・リテラシーを読み解く上で欠かせないのはそのルーツを探ること。歴史を時系列的に表すと以下の通りになります。

@起源は1930年代のイギリス。古典文学離れを防ぐために行われたインテリ層 からの映画、新聞、雑誌、広告などを含む大衆文化・マスメディア批判。

A1960年代半ばから70年代にかけて「文化はもはや特権階級のみが創るのではなく、人々の生活をとりまく全てであり、多様な表現様式をとる」という カルチュラル・スタディーズの影響で、さまざまなメディアが授業に取り入れら れるようになる。

B1982年、ユネスコで「メディア教育に関するグリュンバルト宣言」によりメディア 教育の充実が訴えられる。

C1987年にテレビ時代の商業主義に対する批判から、教師を中心としたNPOの メディア・リテラシー協会(AML: Association for Media Literacy 1977年 高校教師バリー・ダンカンにより創設)主導でカナダ・オンタリオ州において世界で初めて「国語(英語)」のカリキュラムにメディア・リテラシーが 取り入れられる。※イギリスでは1988年、アメリカ(ニューメキシコ州) では1994年にメディア・リテラシーがカリキュラムに組み込まれる。

歴史を見て興味深いのは、マスメディア批判が原点ということ。1930年代当時のイギリスにおいてさえもマスメディア批判が起きていた。文学の分析手法を使いメディアのメッセージを読み解き批判的に受容していたのがわかります。まさに現代においても同じことがメディア・リテラシー教育で行われています。当時のイギリスでどのようにマスメディア批判が行われていたのかについて『メディア・リテラシー』の巻末にある参考文献にありそうなので時間があったら探して読んでみたい。

では本題のメディア・リテラシーの分析手法について補足としてオンタリオ州教育省編 FCT(市民のテレビ会)訳『メディア・リテラシー』にわかりやすく説明されているので参考になります。要点をまとめると、メディア・リテラシー教育は以下の8つの要素から構成されています。メディアとは何かがわかりますね。

@メディアはすべて構成されたものである。

Aメディアは現実を構成する。

Bオーディエンスがメディアから意味を読み取る。

Cメディアは商業的意味を持つ。

Dメディアはものの考え方(イデオロギー)と価値観を伝えている。

Eメディアは社会的・政治的意味を持つ。

Fメディアの様式と内容は密接に関連している。

Gメディアはそれぞれ独自の芸術様式をもっている。

(オンタリオ州教育省編 FCT(市民のテレビ会)訳 『メディア・リテラシー』 )リベルタ出版 pp8-11)

つまり、 メディア、特にニュースはすべて現実に起きたことを編集し視聴者が意味を読み解きます。そして、内容は商業的、政治的、イデオロギーや価値観を伝え、それと同時に芸術的な側面も持っている。例えば、どのニュースにも言えることなのですがメディアが情報を発する時、その情報には消費を促すメッセージが同時に伝えられることがあります。また政治的なメッセージも発せられます。自分自身の行動は自分で決めているという思いはあるのですが、実はメディアの情報を見たことにより消費欲を煽られたり政治的な行動を自然と取ってしまっていることもあります。このような情報を適切に読み解く方法がメディア・リテラシーであり、分析眼を養うためには様々な新聞や海外ニュースを併読することが一番のように思う。なぜ1つのトピックにさまざまなニュースソースが必要なのかというと、記者が事実を編集して記事にするのでその記事には記者の視点や価値観が編集とともに入り込むことがありり、さまざまなソースから多角的に見ることで事実が浮かび上がってきます。

実際に、カナダのトロント市にあるさまざまな高校で行われているメディア・リテラシー教育から詳しい分析手法を見ていきましょう。

@テレビのCM、ニュース番組の分析と製作 →製作者の意図、どのように製作されているか、どのような人を対象としている かなどの側面から分析。また実際に、CM、テレビ番組を製作し、製作者の視点 から観察。

Aインターネット上のウェブサイト情報の分析
→ウェブサイトの目的、著者の信頼性、インターネット以外の多様な情報源 を当たるなどのポイントで分析。

Bインターネットの人種差別主義サイト(KKKなど)の分析 →特定の宗教や倫理観、政治観を持つグループはインターネットをどう 活用しているか、主張をつたえるためにどんな戦略がとられているか、 新メンバーをどう勧誘しているかなどのポイントで分析。

なかなか面白い試みがカナダではされているようですね。特にメディアの側からの視点を学ぶというのが良いですね。またインターネット以外のソースに当たったりカルトや差別主義者の視点に立ち、メディア・リテラシーを学ぶという斬新な教育が行われているのに目から鱗が落ちました。

メディア・リテラシー教育には素晴らしい点が多くありますが、問題点もあります。問題点として以下の3点が挙げられます。

@カナダの教育システム:各学校、さらに教師に任せる授業の裁量が大きい ため、メディア・リテラシーを重視する教師とそうでない教師の間で差が 大きい。

Aメディア・リテラシーの理解不足による教師の価値観の押し付け。 例)消費文化否定論

B教育費カット、コンピュータなどの実践的な教育重視に伴う授業時間削減。

メディア・リテラシーを適切に教えられる人材がいないようです。

カナダに滞在していた時に思ったのは、消費欲をあまり感じなかった。特に買いたいという衝動にも駆られなかった。カナダというよりカルガリーの文化がスコットランド移民の文化を色濃く反映されていたことにも関係していると思いますが、カナダ人には消費文化否定論を主張される方もちらほらいらっしゃいました。日本はクリスマスやバレンタインデーなど商業主義が全開なのでなかなか日本では商業主義に重きを置いたメディア・リテラシー教育は難しそうです。成功するとすれば、国語教育にメディアリテラシーの要素を取り入れることかもしれません。読書を分析して読むことができ、ニュース記事の分析にも応用ができます。メディアリテラシーが日本にも普及することに貢献できればと思いブログを書きました。

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